管理人室

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氏名 菅原  明 (60歳)   新潟中央地区連盟 阿賀北連合会所属
住所 〒959-2636 新潟県胎内市星の宮町10-3
出生 昭和23年3月に母親の田舎に疎開している時に山梨県に4男として産まれる。
青春時代 物心ついた頃には、東京都大田区に在住。26歳ごろ田中角栄総理の『日本列島改造論』により、勤め先ごと新潟県中条町に移転した。
『鳩ぽっぽ』は、中学一年の時1羽怪我をした鳩を拾ってきて飼い始める。中学三年生の時『レ-ス鳩』と出会う。近所の先輩を通して石鍋善三鳩舎のSP系鳩を1羽千円ペア-で二千円で買ったのが始まりです。
レース参加は、まずは『学級連』に入って、その後『京浜連合会』に入って昭和39年秋レ-スから参加した。成績は松島300K638羽中12位。盛岡500K13位入賞でした。翌40年秋に勝田100Kで952羽中当時の連合会新記録の分速1432mで優勝しました。41年春に待望の海越え七飯700Kで60羽中5位入賞、同秋長万部800K73羽中14位入賞と順調そうです。その後のデーターは残っていませんが、毎年、7〜800Kは帰って着ましたが1000Kの東日本CHは帰らず、夢の1000Kだったと記憶しています。
又、当時の鳩輸送はバスケットが主体でした。そのバスケットを訓練及びレ−スの度に醍醐さんと敷いている『ムシロ』を交換した事と、審査のために毎レ−ス後に馬込の井上さん宅に審査に行ったのを懐かしく思い出します。  『公認審査員NO239』
何時かは『鳩レ-ス』を再開したいと思いつつ『別の青春』を楽しみたく第一幕を閉じました。
再開のきっかけ 昭和49年11月に新潟県中条町に移転して来ました。二年後に結婚して、その後、今の所に家を建てて、『一姫二太郎』を授かり、順風慢風の日々を送っていました。1982年(ここから急に西暦になってすみません。)の正月に長女を連れて散歩をしていたら、偶然通りかかった小鳥屋さんに懐かしい『愛鳩の友』があったのです。懐かしいな-と思いながらペ−ジをめくっていたら---番付表が掲載してあり大関に『新潟中央連合会』、へえ−『新潟にも鳩レ−ス』があるんだと思いながら更にめくると、何と福江GNレ-ス1100Kの記事、『何と何百羽と帰っている』ではないか!心の中で封印されていた『鳩レ−ス』が甦ったのです。『1000kを帰す夢が』!!新潟でも『鳩レ−ス』が出来ると思ったらいても立ってもいられず『鳩飼うゾ』と心の中で決めていました。
再開 先ず、最初に6年ぶりに昔の大恩人の醍醐さんにTELを入れました。喜んでくれて直ぐに『種鳩送る』と言ってくれましたが、選手鳩を貰う事にしました。『1000Kで勝つ鳩』と言う前提で種鳩を乙川鳩舎より2回で6羽譲って頂きました。それから雑誌を見て、増田鳩舎よりオランダ鳩2羽、安田鳩舎のシユ−マンゴ−トン2羽の計10羽で洗濯物干し場の巣箱でスタ−トしました。鳩舎は5月の連休に、家を建てた大工さんから古材を貰って1間×2間の2階建ての継ぎ接ぎだらけの鳩舎を造りました。
レースは、新潟北越連合会に入会して、その年の秋からで18羽のスタートで500Kまで参加しましたが、成績は12位から25位の範囲でした。これでは駄目だと思い新潟より遠距離にある山形県の増渕鳩舎より、やっとの思いで譲ってもらったのが『オジロ×アシゲ』♂です。その仔が『ナッキー福江号』です。
冬場に、休まず舎外を続けて1983年のレ−スに臨みました。『高岡200K952羽中4位』『福井300K778羽中3位総合3279羽中4位』鳥取500K782羽中優勝1964羽中16位』『浜田700K369羽中3位1417羽中19位』と驚く結果が付いてきました。連合会で一番遠距離でMAX55Km連盟でもMAX170Kmと言う距離ハンデで通用したのです。それも1羽の鳩で『ナッキ−エ−ス号』です。両親は増田鳩舎から購入したオランダの鳩です。
鳩暦 東京にて13歳から20歳まで飼育 15歳〜20歳まで学級連 京浜連合会にてレ−ス参加する。
新潟にて1982年より飼育再開 同年より新潟北越連合会にてレ−ス再開して27年目となる。
鳩舎規模 種鳩鳩舎 約8坪         選手鳩鳩舎  5.25坪
種鳩数  約110羽        選手鳩数    90羽
主力系統 自分の血統で『ナッキ−系』 
系源 乙川鳩舎と増渕鳩舎と福原鳩舎の鳩とオランダの系統鳩を掛け合わせた鳩の流れ。
主な成績 福江・奈良尾GN1100K総合2位3位2回4位7位他
平戸GN1000K総合2位11位他 
その他1000K・1100K総合3位4位7位8位他
羽越GP900K地区優勝総合4位6位7位他
釜山N1000K総合優勝・指宿DN1100K総合優勝
桜花賞900K1000K総合2位3位8位9位他
地区N700K総合優勝2位4位他
農水賞600K総合優勝2回内1回全国優勝2位3位他
RG総合2位3位他・400K・300K各総合優勝
総理大臣賞北部地区第一位・地区CH賞(86年)
旧新潟地区連盟長距離最優秀鳩舎賞第一位・CH鳩1羽・RCH鳩2羽輩出他
新潟中央地区連盟最優秀鳩賞第二位第三位2回他
主な役職経験 羽越ブロック連盟長 3期6年    協会 評議員 3期6年  羽越ブロック副連盟長 1期2年   羽越ブロック事務局長 1期2年
新潟中央地区連盟長 4期8年   GNGPレ−ス実行委員長 4期8年  新潟地区連盟副連盟長 1期2年
新潟地区連盟事務局長 1期2年   新潟北越連合会長 2期4年    新発田連合会長    阿賀北連合会長 2期4年
現 役職 羽越ブロック連盟相談役    新潟中央地区連盟会計委員長
その他 日本最初のパ−ソナルレース『指宿ドリ−ムナショナル』を個人で4回開催した。愛鳩の友誌95年11月号愛鳩の友社主催『NPCシンポジウム』の司会を実践する。 愛鳩の友誌 02年9月号掲載引用
バネリストは、故岩田誠三氏 及川茂氏 船津啓二氏の豪華な顔ぶれでした。福江GN・奈良尾GN・下関羽越GP・太田PN他のレース放鳩に行きました。

『レ−ス鳩モール』サイト立ち上げにあたって

 新潟県北部の胎内市に鳩舎を構えて26年間鳩レ−スを楽しんできました。 26年前は当然若かった訳ですが、『体の動く内はどんどん奉仕して』体の動かなくなる頃の60歳からは『楽に鳩を楽しみたい』と思い、各種役員を率先して引き受け『夢の環境造り』を遂行してきました。当然、自分の思い通りには進みませんでしたが、今までの自分の行動には自分なりに満足しております。又、その間、暖かく見守って下さった皆様方には深く感謝申し上げます。

 私も今年で満60歳を向えましたのですが、夢の『楽に鳩を楽しみたい』には程遠く大変苦慮しております。現在は、26年前沢山いた会員も少なくなり、所属連盟では、自分の連合会を含めてレース人口が10人強と言う環境の連合会が複数あり、どうしたら『永く鳩レ−スが出来る』のかと言う守りの環境になっているのが現実です。

 原因は、皆様ご存知の通りだと思いますが、---私は私なりに出来る事をしたいと考えております。新潟県下越地区では、自分の系統を造り一筋に何十年も鳩レ−スで好成績を挙げている鳩舎が数多く見受けられます。日本で一番輸入鳩に頼らない地区かも知れません!でも、異血としては入っております。これは、今の日本鳩界にとっては非常に貴重な事だと思う様になりました。これだけ環境悪化の中、日本の厳しい風土に順化することが先ず第一歩だと思うからです。

 全国各地で、長距離主体のレ−スから中距離を含めてオ-ルマイティレース趣向に移行の際、長距離鳩を切り、スピ−ド性豊かな輸入鳩主体に切り替えた地区が数多くあり、これも、現在の長距離帰還率低下の一因をなしていると考えられます。全国でも、何十年もの間、地域全体が『昔の鳩主体』で鳩レ−スを続けて長距離レ−スを楽しんでいる『地域も鳩』も非常に貴重だと思います。『良きにしろ!悪きにしろ!』、鳩は『貰う・あげた』の習慣が強いため価値観を認め合えません。そのため、各鳩舎の極狭範囲で愛好されているのが現実であり、いずれ消滅してしまう可能性が多くあります。

 これから、鳩レ−ス人口が維持できるならともかく、減少の歯止めの見えない現状では、これから新たに何十年を掛けて自分の系統を造るのは非常に難しく、現在ある貴重な血統を維持成長させることの方がよりベタ−と考ますので、『新潟長距離系鳩』を全国に紹介して、皆様の『帰還率向上及び長距離鳩誕生』にお役に立ちたいと考えると共に、地域の『鳩価値観の向上』を図るために、地域の強豪鳩舎のご理解を得て『レース鳩モ−ル』を立ち上げる事といたしました。

『動物取扱業登録証』

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